「今日、音楽部は活動がありませんから訓練戦闘できますよ」

ベンチの隣に座るリュウに部活動は無いとティリアスは告げ、今日の陽射しと同じ柔らかな笑みを浮かべた。

天気が良く陽気も穏やかなので二人は桜の木々の下に設置されてある白塗りのベンチに座り昼食を取っていた。

不死鳥学園の校庭は非常に広い。二人がいるのは桜が一番綺麗に見える場所で、周囲には二人と同じ考えを持つ学生達がベンチに座り昼食を食べている。

ティリアスの膝の上にはミックスサンドとオレンジジュース、リュウの横には惣菜パンが五つと缶コーヒーが置いてある。

パンやジュースはここに来る前に昼食の戦場と言っても過言ではない購買部で買った物である。二人が行った時には食事の為にやってきた、一学年から六学年全ての生徒がごった返し混沌とした状態になっておりパンを買うだけでも一苦労だった。

「悪いな。放課後に手間かけさせて」

「気にしないで下さい。私も自分の力を正確に知りたいですから」

二人は互いに買ったパンを口に入れながら咲き乱れている桜の木を見上げる。入学式の時にも咲いていた桜は、まだ花が舞い散っておらず見ごろはまだ終わっていない。

桜の木を見ながらティリアスは入学式の時を思い出す。

周りの生徒達には両親がおり自分達には両親がいなかった。

彼女達の両親は一惑星を治めるべき存在。軽々しく責任を放置するなど無論許されず、時には自分の子供さえも天秤にかける思考を持ちえていた。それは当然だとティリアスは考え、親の行動に微塵も疑いは持っていない。帝王学に基づいた絶対的な教育を施された彼女は幼いながらも皇族としての自覚を持ち得ている。

桜の木を見つめながらティリアスは自分の住む惑星を思い出していた。

城の敷地になっている木々に囲まれた深く広大な森。動植物が暮らし、二人の光の女神が加護する森。神樹の森と呼ばれる森に住む動物達を。

「何、考えているんだ?」

横からリュウが話しかけてきた。パンは既に食べ終わっておりベンチの背凭れに寄り掛かりティリアス同様桜の木を見ている。

「ふふふ、なんでもありませんよ」

リュウに笑みを返し、ティリアスは膝に置いたミックスサンドを手に取ると口に入れる。魚の味とマヨネーズ独特の風味に合わせ卵の食感が口の中に広がっていく。この学園の食堂と購買部が提供する料理の味はは中央大陸にある学校の中でも上位に入る。

「ケール達の事を考えていたんだろう?」

幸せそうな顔を浮かべ、サンドイッチを咀嚼していたティリアスの口が止まった。

少しの間を置き、口の中に含まれたサンドイッチをゆっくりと飲み込むとティリアスはリュウに尋ねた。

「……どうして分かったんですか?」

「何か物思いに耽っていたから大体分かったよ」

どこと無く素っ気無い感じに答えるリュウだが、別に悪気がある訳では無いとティリアスは理解している。

リュウとは幼等部からの友人で。リュウは殆ど勉強をせず漫画やアニメ、テレビジョンやパーソナルコンピュータに接続するゲームを好み、趣味であるイラストばかりを描いている。だが努力をしなければ物事は良くならないと考える人物で近くにいても嫌味を感じさせない性格の持ち主であり、ティリアスはそんなリュウに惹かれた。

無論友人として、だが。

(ケール、私の可愛いケール……)

ケールとはティリアスの娘の名前である。娘と言っても実の娘では無く魔物、それも危険度が最も高いSランクの魔物であるケルベロスの子供。

傷つき、命の灯火が消えそうな母親のケルベロスと共に神樹の森に来たのがケールだった。

今でもティリアスは覚えている。

全身に傷を負い死にそうな母親の乳を飲む、本当に小さかったケールのあの姿。

「ふふふ、来る時は駄々を捏ねられて大変でした」

「はははは、そうだろうな。ケールはお前にベットリだったし」

行かないで行かないでと叫んでいたケールを落ち着かせるのは至難の技だった。森に住む他の動物達の力を借りてようやくケールが落ち着き自分を送り出してくれた時の顔を思い出しティリアスは笑みを浮かべる。

「さてと。俺は先に教室帰っているよ」

リュウは食べ終わった惣菜パンの袋と飲み終えた缶コーヒーを左手に持ちベンチから立ち上がる。

「それじゃあ、わたしはまだ……」

突然、リュウがティリアスの顔の間近まで迫った。

いきなりのリュウの行動にティリアスは頬を赤らめ、真紅の瞳を見開く。心臓は高鳴り、耳には脈打つ心臓の鼓動しか聞こえない。

もしかしたら、とティリアスは少しだけ淡い気持ちを抱くが、その淡い気持ちはリュウの言葉と共にすぐに砕け散った。

「ほら、桜の花びらがお前の長い髪に付いていたぞ」

ティリアスの手に、髪に付いていた桜の花びらを渡しリュウはそのまま校舎の方に走っていった。

走っていくリュウの背中を、しばし呆然と見つめ続けたるティリアス。

親しい異性の友人とあそこまで接近したのは初めてだった。

心臓の高鳴りは徐々に収まっていく初めての体験で少しだけ驚いただけである。恋愛とかそんな物とは無縁の間であるはずだと自分自身に言い聞かせつつリュウに手渡された桜の花びらを見つめるティリアス。

彼女は気付いていなかった。

少しだけ離れた位置に立つ桜の木の下にいる藤色の髪の不死鳥族の少女に。

放課後。

訓練戦闘をするためティリアスとリュウは学園敷地内の訓練室に着た。

訓練室は渡り廊下で繋がっていて、ティリアス達一年生の教室から歩いて約10分の場所にある。色はクリーム色、大きさは体育館よりも大きい。

この場所を使用するためにはまず職員室にある専用のパソコンと生徒認識カードを使って予約を取らなくてはならない。普段は授業でも使われるため自由に使えるのは基本的に放課後だけ。

その予約は三十分ごとに分かれている。長時間運用できない理由は仕方が無いと生徒達は割り切っているため不平や不満は噴出していない。運が良かったのだろう、今日は二人の他に使う生徒はいなかった。

二人が訓練室に付くと他の生徒達が少しだけいた。恐らく見学のためだろうに来たのだろう。二階の見学室には同じクラスメイトの顔もちらほら見える。

見学する生徒は階段を使い二階まで上がりそこから見学する。訓練する生徒の邪魔にならないように。

訓練室に入るとすぐに大きな部屋がある。訓練を行うためにはこの大きな部屋、戦闘訓練準備室に入らなくてはならない。

訓練準備室に入ると待っているのは十台の大きな箱のような機械類と端末機。それに入ってきた扉とは別の扉が二つ。火器を防ぎ魔力を遮断する

「とりあえず、武器出しておくか」

「はい」

リュウの目の前に巨大な片刃剣が現れる。大きさは身長160cmあるリュウ以上、全長2m以上あり身幅も非常に広く無骨な大剣。刃の無い方に不思議な装置が付いていた。

一方のティリアスの目の前に現れたのは鞘に収められた長剣。長さは標準的な100cm、身幅も市販されている長剣の規格内。ティリアスの身長にも良くあっている。

これらの武器は生徒個人用ロッカーに厳重に保管され、例えば魔物等に襲われた時等に瞬時に出現させることができる。

自身の魔力を武器に流し込む。やることはそれだけ。

原理に関しては空間魔法で自分の手元に武器を出現させている。空間魔法と言っても無機物にしか効果が無いので、さして重要な魔法ではない。

昨日、ルナが弓と矢筒を出現させたのもこれである。空間を操作するので距離等が関係なくすぐに出現させられる。

だが、無闇に武器を出現させるのは憲法上違法行為に当たるので大抵の建物の中にはこの魔法を遮断する対抗魔法がかけられ大抵の建築物内部では武器を手元に出現させられない。

不死鳥学園で武器を出せるのはここ訓練準備室だけ。このまま武器を持って部屋から出れば武器を違法所持した際に鳴らされる警戒サイレンが学園内に響き渡る。

「さてと、んじゃ始めるか」

リュウは片手で大剣を担ぎパソコンを片手で操作し始めた。

「わたしも何か手伝いましょうか?」

ティリアスはパソコンを操作しているリュウに話しかける。自分だけ何もしないのは悪いと思ったからだ。

そんな友人の言葉をリュウは首を横に振るだけで断る。

本当に必要なら最初に言うのがリュウ・アルカードという少年だった。ティリアスもリュウの性格を知っているので不快感など出さず普段と同じく柔らかな表情で佇んでいる。

-予約者確認しました。リュウ・アルカード当学園初等部一年生。対人訓練戦闘用モードを起動します。リミッター100%モード、擬似装置に使用武器を投入してください-

パーソナルコンピュータのモニターから発せられた電子的な声が終わる。

それを確認し終えると、擬似装置と呼ばれる箱に二人は武器を入れた。

訓練戦闘で実際の武器を使用することは無い。使用する武器は擬似的に作り出される武器なのだ。

「フィールド形成装置は改良中みたいだから殺風景になるけど良いよな?」

「わたしに気を使わなくても大丈夫ですよ。リュウ」

「そうか、そいつは良かった」

二人は笑いながら準備室に入ってきた扉とは逆の扉に入っていった。

互いの力を試すために。

二階には疎らだが生徒がいた。

リュウとティリアス、二人の皇族が行う戦闘に興味を抱き見学に来た生徒達だろう。

その中で特に目を引く黒い髪の少女が二人いる。

一人は黒のショートヘアーに髪と同色の瞳。そして背中からは白い翼を生やした少女。

もう一人は翼を生やした少女と同じ色の髪と瞳を持ってはいるが、髪の長さは腰ぐらいまである。

「ティリは勝てると思う?沙羅」

「私はティリアスさんの力は知りませんからね。どちらとも言えません」

不死鳥族の少女の質問に、沙羅と呼ばれた長い髪の少女は分からないと答える。

それは当然だろう。ティリアスは対人戦闘を中央惑星で行うのは始めてなのだから。

「まぁ、あの子の実力は凄いわよ。危険すぎるぐらいにね……」

少しだけ、遠くのほうを見る目になる不死鳥族の少女。

嫌なことが起きなければ良い。そろそろ危ないと彼女の母と姉は言っていた。

「レナさん?」

「ごめんごめん、あたしは大丈夫。色々考えていただけ」

沙羅がレナと呼ぶ不死鳥族の少女は明るい笑みを返した。

バトルフィールドと呼ばれる場所。

ティリアスとリュウはその中心に立っている。

本来なら、場所を指定すれば洞窟や草原。森に海、さらには空中戦や海中戦も可能にできるこの戦闘は無論殺し合いの場ではない。

今回は背景や雰囲気、匂いなどを管理するシステムが改良中のため殺風景な場所での戦いになってしまった。

雰囲気的には草原辺りが戦いやすくて良いのだが使えないのでは仕方が無い。

戦う時の武器は先ほど擬似装置に入れた武器。フィールド形成装置の中では魔法も使えるため、派手な戦闘になるのも珍しくはない。

だが、現実の戦いと仮想の戦いを勘違いするような愚かな人間は少ない。この戦いは流血こそしないものの、衝撃や痛覚はあるのだから。

激痛によるショック死、衝撃による骨折等の危険性を防ぐためリミッターが掛けられている。

リミッターは100から500まであり通常のリミッターは100が基本の値である。これで死亡した例は無く、これから先も無いであろうと予測されている。

最悪、訓練戦闘時に生命に危機が迫った場合には通報が学園内と学園外近隣病院へと発信されるがこれもまだ実際には起きてはいない。

二人は互いに正面を向かい合い少し離れる。

「それじゃあいくぞ。ティリアス」

リュウの目の前に先程擬似装置に入れた巨大な片刃剣が現れる。素早く剣の柄を両手で掴むとリュウは中段に構えた。

「分かりました」

ティリアスの腰に長剣が現れた。黒く丈夫そうなベルトは鞘の口近くにありそこから腰に巻きついてある。

武器が出現した後、先に攻めたのはリュウだった。

手に握る身幅の広い大剣は一撃当たれば簡単に骨をも切断しうるであろう。ただ、巨大で威力が大きい分重さが加わり動作自体は鈍くなる。

そんな考えはティリアスの頭には入っていなかった。

剣を教えてくれた母やマァル達の教えを忘れてはいない。

相手の実力を見誤ると命を落とすほど危険だと。

それにティリアス自身も相手が弱いと言う認識は無い。親友であるリュウ達は特に強いと思っている。

「竜撃破!」

リュウの声が響き、袈裟懸けに振るった大剣から刃の形状を持つ衝撃波が迸る。

技。

内から外に流れる闘気を利用した物と、大気中に漂うマナを利用した物の大きく二つに分かれる。今、リュウが使用したものは前者である。

技は独自に作った我流から特定の流派の師事を受けたものまで実に様々であり、我流と特定の流派すべての数を把握できるものではない。

さらにここから使用される得物等を考えれば技と言うものは無限に等しいほどの数がある。

竜撃破のように刃の様な鋭い衝撃波を迸らせる剣の技は非常に初歩的な物である。

ティリアスは竜撃破の軌道から軸を外し右に避けた。刃の形状を持つ衝撃波は横に放てば範囲を広げられるが縦に放つと非常に避けられ易くなってしまう。リュウもこの攻撃でティリアスを倒せるとは 思っていないだろう。

「竜王剣技ですか?」

竜撃破を避けたティリアスはリュウに話しかけた。竜撃破はそのまま直進してバトルフィールドの端で消滅する。

竜王剣技とは惑星ドラゴンヘッドの皇族剣士が使っていた剣技である。癖も無く使い勝手の良い剣技であるため今では皇族のみならず広く普及している剣技の一つでもある。

「あぁ、親父の竜王剣技をベースに自分流にしてみた」

リュウの言葉を聞きティリアスはハッとする。

リュウ・アルカードの父親であるリヒート・アルカードが病死した事を。リヒート・アルカードの葬儀は惑星ドラゴンヘッドで行われ、ティリアスも母親や姉と共に葬儀に参加したことを思い出したのだ。

「ご、ごめんなさい……わたし」

軽率な発言をしてリュウを傷つけたと思いティリアスは謝る。父親を失った悲しい思い出を想い出させてしまったと思ったからだ。

「いやぁ、別に気にしていないからいいぞ。それより、続きやろうぜ」

リュウは特に父親の死に関しては気にしていないようだった。それよりもティリアスと剣を交える方が優先と言った感じが滲み出ている。

少しだけ深呼吸して、ティリアスは左の腰にある鞘を左手で握る。

ティリアスから見てもリュウは父親の気にしておらず、今は本当に自分と剣を交えたいと言う感じが滲み出ている。ならばその心に答えるのが自分が為すべき。

「それでは行きます」

「あぁ、頼む」

大剣を持つリュウの間合いのすぐ外、一歩踏み込めば間合いの中にすぐに入る位置。

ティリアスはその間合いの中に一気に飛び込む。長剣は鞘に収まったままだ。

直感的に嫌な予感を感じたリュウは大剣の刃を下に向け防御の構えを取る。

「飛燕」

澄んだ声がティリアスの口から漏れ、青い線が弧を描く。

鈍い音が辺りに響き、リュウの握っている大剣とティリアスの長剣が接触した。

「っ……やっぱり居合いか」

鋭い初撃は大剣越しにリュウの腕に衝撃を与える。

「えぇ、居合いです」

居合い。もう、ほとんどの人間が使わなくなった剣技。

鞘の中に剣を収めた状態で相手に接近、瞬間的に斬る技である。鞘に収めた状態で闘気や魔力を込め破壊力を増させ抜刀の際に溜めた力を全て対象に叩き込み骨、もしくはそれ以上の金属類も切断することが可能な技。

剣術の類の中でも最高の威力を持つその技は非常に威力が高いがその反面リスクも多かった。

鞘から抜いた直後の一番力を失う隙を狙われたり、最悪の場合は抜く前に先手を打たれたりする場合もある。

習得の際の技術力も非常に高く、並大抵の技術力や練習量では習得は困難を極める。

なにより、その技を使う必要が無くなってきたのが使われなくなる理由だった。魔法もあり、武器も充実してあるこの世界でわざわざ使う必要性が無くなってきたのだ。

そして、今では殆ど使う人間はいない。恐らくこの技術をこの歳で扱えるのはティリアスぐらいであろう。

「よし、ここからが本当の訓練戦闘だ」

リュウは防御の構えを素早く解くと、右から左に横薙ぎに大剣を振るう。

突然の攻撃だが、すぐ後ろに下がりティリアスは攻撃を避ける。

この訓練戦闘で死ぬことは無い。死ぬことは無いが斬られればそれ相応の痛みが走るため、みな攻撃を受けたくは無い。

「竜撃破!」

速い。左に振った後、大剣を振り上げ今度は左肩から右腰へ袈裟懸けに振り下ろし竜撃破を放ったリュウ。訓練戦闘は実戦同様に武器にも重量があるためリュウの大剣を操る技術が相当高いと、この行動が

証明している。

「神風!」

竜撃破をサイドステップで避け右足を踏み込みティリアスはリュウの心臓を目掛けて突きを放つ。

風の属性を纏った鋭い突きは居合いの技である飛燕と同じ速さであろう。

ティリアスの放った神風をリュウは身体をずらし避けようとするが突貫速度が速かったため完全に避け切ることが出来ずリュウの肩を僅かに傷つける。

リュウは表情を少しだけ歪ませるが、痛み自体はあまり酷くは無いようだ。

-リュウ・アルカード左肩に小ダメージ。ダメージポイント6-

訓練戦闘ではダメージの度合いによってダメージポイントが蓄積されていく。ダメージポイントが100まで貯まってしまうと負けになり訓練戦闘は終了となる。

ここでリュウは無造作に大剣を振るい、ティリアスと距離を離す。

大剣を大上段に構えたリュウ。手に持った大剣に闘気が満ち溢れていく。

「大技いくぞ、皇竜剣技奥義」

大剣に宿った闘気は膨大な量にまで膨れ上がった。そのあまりの量にティリアスはリュウとの距離をさらに離す。

「皇竜衝撃破!」

大上段からリュウは全力で大剣を振り下ろし宿った闘気を全て正面にいるティリアスへと放つ。青く輝く闘気は大きな体躯の竜へと姿を変えティリアスを襲う。

ティリアスの持つ長剣に闘気と炎が宿る。それは一瞬で膨れ上がり、長剣の剣身以上の大きさを持つ炎が渦巻き始めた。

「天翼皇剣技奥義」

口を広げティリアスを喰らおうと襲い来る青い竜の形を模した皇竜衝撃破に臆せず、ティリアスは全ての力を使い青い長剣を横に振るった。

「鳳凰衝撃破!」

青い長剣から宿っていた炎が一気に吐き出される。炎は長剣から離れた瞬間に形を変えた。

火に包まれた巨大な一羽の鳥。

紅に燃える鳥は力強く羽ばたきながら青いドラゴンと衝突した。

わたしの目の前でリュウの放った皇竜衝撃破と呼ばれる技と鳳凰衝撃破がぶつかり合い青と赤の光が混ざり合う。

素早く左腕で自分の視界を覆う。技同士のぶつかり合いの時に発生する、衝撃波で目が眩むのを防ぐためだから。

剣の扱い方は幼い頃からお母様やマァルさん達に教わっている。

相手を見下すのは危険な思考。自分の力を過信しすぎると非常に危険な状態になる。絶対に力を過信しすぎては駄目。

それだけは忘れずに、絶対慢心するなとお母様は言っていた。

リュウの実力はすごいと思う。

身幅の広い大剣は重いため無闇に振るうと体力がどんどん失われていく。普通の人なら一回振るっただけで体力が殆ど無くなってしまうと言うのに。

二つの技が爆発した。

考えたとおり衝撃波と閃光が発せられた。

長剣を鞘に納める余裕はあまり無いとわたしは考える。

抜き身のままでも大丈夫。わたしの剣技は居合いだけじゃないのだから。

爆発の煙の向こうからリュウが接近してきた。速い。

<殺しちゃえ>

!?

何、今の声。

リュウは接近すると大剣を横に薙いできた。すぐに間合いを考え、わたしは後ろに下がる。

<殺しちゃいなよ……>

何なのこの声。

集中力が途切れる。

「竜撃破」

縦に襲い掛かってくるリュウの技。避けきれないと判断し迎撃するためわたしは剣を振るった。

「蒼撃破!」

長剣に闘気と風の属性を乗せて剣から放つ。この風の属性は他の人とは違う風の属性。

生まれ付き持っていた蒼き風の力を利用した技。放たれた翠色の波動弾は途中から急激に加速して、相手に当たると真空の刃と風圧でダメージを与える。

わたしの蒼撃破とリュウの竜撃破がぶつかり合う。

蒼撃破はそのまま竜撃破を砕き、リュウに当たると無数の真空の刃が襲い掛かりその風圧で吹き飛ばした。

-リュウ・アルカード全身ダメージ。ダメージポイント31-

直撃ではない。あの大剣で防御したとわたしは考える。

<殺しちゃえ殺しちゃえ>

さっきからわたしの頭の中に響くこの声。

リュウの声ではもちろん無い。わたしよりも幼い少女の声。

<殺しちゃいなよ。ティリアス>

何……この声。どうしてわたしの名前を知っているの。

<知っているよ。だってあなたが物心付いた時から全てを知っているもの>

わけが分からない……いきなり頭の中に声がしたと思ったら今度はわたしを知っていると言う。

何を知っていると言うの? この声は。

<ケールを拾って育てたこと。母親に剣技を習ったこと。動物の声を聞けること。オルゴールを集めるのが好きなこと。それよりも、リュウに斬られても知らないよ?>

声に指摘されわたしは我にかえった。

いつの間にかリュウに距離を縮められていて大剣の間合い内に入ってしまっている。

私は冷静にリュウの行動を確認する。構えは上段。上から

わたしは縦に振り下ろされた大剣を横に避けて回避する。

嘘!?

振り下ろされた大剣はすぐさま軌道を変え、わたしを薙いできたのだ。

信じられなかった。

質量の大きな大剣を振り下ろしてすぐさま軌道を変えて横に薙ぎ払うなど普通の技量では実行できない。

咄嗟の判断でわたしは長剣で防御する。もう、こうするしかない。物理的な攻撃を防ぐソリッドシールドを展開しようにも詠唱時間があるため発動なんて無理。

速く、重い一撃。

身体を支えきれずわたしは吹き飛ばされた……

「あぐっ!」

リュウに吹き飛ばされて、全身を打つ。

<殺しちゃえ>

またあの声。

<リュウを殺しちゃいなよ。ティリアス>

この声はどうしてわたしに殺しを強要するのだろう。

でも、この気分は一体なんだろう。

胸が疼いて得体の知れないものが噴出しそうだ。

<クスクス殺せ殺せ>

真っ黒いものが胸に広がっていく。

不思議と暖かいこの感じはなんだろう。

<殺せ殺せ。剣に殺意を込めて相手を殺せ>

頭の声が離れない……。

何だか心地よくて……。

<リュウを殺すの。ティリアスもリュウを殺したいでしょう?>

胸と頭の中が真っ黒になって……。

一つの言葉しか考えられなくなって……。

<ふふふ、殺しちゃいなよ。リュウを切断しちゃいなよ>

こ……ろす。

ころ……す。

<そうだよ。殺しちゃいなよ。一人残らず何もかも殺しちゃいなよ>

殺す……殺す……。

全て殺す……。

何もかもが黒く染まっていく。

心が……考え方が……。

<クスクス……それでいいの。殺しちゃいなよ。みんなみんな……>

……殺したい。

リュウを殺したい……。

殺したくて殺したくて仕方が無い。

あぁ!リュウを殺したい!

殺したい殺したい!

<そう、殺すの。ティリアスは殺すのが好きなんだからね……>

わたしはゆっくりと立ち上がる。

リュウを殺すために……。

 倒れているティリアスに、リュウは大剣を肩に担ぎゆっくりと近づく。

 奇襲をかけられるとリュウは思っていない。そんな真似をしなくてもティリアスは十分に強いと思っているからだ。

 リュウは基本的に相手の力量、戦法、性格等を測って戦法を即座に決定する性格である。ティリアス程の相手なら気絶した時に狙って攻撃するのが一番と普通の者は思うだろう。

 しかし、リュウはそう思っていなかった。

 気絶した確証も無く、あの程度でティリアスが気絶するとは思っていないからだ。

 吹き飛ばして距離も空きすぎている。

 それに気絶して反撃してこないだろうと考え不用意に接近すれば、攻撃される危険性ある。相手を過小評価しすぎ、自分の実力を過大評価するのは命を縮めるとリュウは亡き父や稽古を付けてくれた騎士団の騎士団長に 言われていた。

リュウ自身もそうだと思っている。

深読みし過ぎると逆に痛い目にも合う為ある程度の所で考えや戦い方を決める。

倒れているティリアスがゆっくりとした動きで立ち上がった。

直感がリュウを突き動かした。咄嗟に大剣の剣先を地面に下ろすように防御の姿勢をとる。

鈍い金属音。

音と共にリュウの両手に痺れが走り抜けた。

「ティリアス……」

そう。今の攻撃を繰り出したのは立ち上がったティリアスだった。つい先ほどまでの彼女からは予想できない異様な速さの突貫はこの場を不穏な空気に変えてしまう。

リュウを恐怖に縛るぐらいにまで。

大剣を握る手は今の一撃を受けて痺れてしまっている。それほどまでに先ほどの攻撃は鋭く重かった。

「ふふふ……リュウ……死んでくれますか?」

ティリアスの真紅の瞳。そこに映っているのは先ほどまでの意思の光ではない。

今、彼女の瞳にある光は相手の命を搾取する行為に執着する殺意の意思。

「くっ……」

大剣を握るための力が抜けたリュウは後退してティリアスと間合いを取る。このまま戦えば自分は確実に不利な状況に追い込まれるからだとリュウが

様子がおかしい。先ほどまでとはまるで違う剣の鋭さと重さを持つ一撃はリュウの手に痺れを残していた。

確かに、剣の一撃を防御して痺れる感覚が腕に残ることはある。城で訓練していた時にも相手の剣を防御した際に、手や腕が痺れた経験があったから。

ただ、今回は違う気がした。

「クスクスクス」

笑みを零しながらティリアスは剣を振るう。

青い刀身を持つ長剣は弧を描き大剣に当たり、リュウを追い詰めていく。

再び、リュウの手に痺れが走った。先ほど以上の痺れが手に走り、そのまま腕へと伝わっていく。

リュウは確信した。

今のティリアスの剣撃は先ほどとはまるで違う。防御すれば意図的に相手の手や腕に痺れを走らせ、戦う力を大きく削ぐ。

リュウには原理は分からなかったが危険な攻撃であることは確かだと直感する。

剣速も速く鋭い。回避しきれない

今まで防御できているのは、ティリアスがわざと手を抜いて防御出来るようにしている以外何ものでもない。

「ふふふ……大丈夫ですか? 大剣、握れます?」

首を少しだけ横に傾け笑みを浮かべているティリアス。表情には余裕と相手を見下す色が出ていた。

吹き飛ばされる前とは明らかに表情など全てが違う。

今のティリアスにはリュウを弱らせて弄る行為が面白くて堪らないのだ。

ティリアスの長剣が下段から猛烈な勢いで大剣に当たる。激しい金属音をあげ大剣は吹き飛ばされた。

重力に逆らう下段から上段に走る剣撃で質量が倍ある大剣を弾き飛した。目の前の少女の細腕からは信じられない現象を目の前にしてリュウは苦悶の表情を浮かべ呻く。

「お前……」

ティリアスは微笑みを崩さず目を細めたまま鞘に剣を納めた。頭の中にはリュウを殺したいと願う歪んだ欲望が渦巻きどんな言葉も今のティリアスには届かないだろう。

リュウは負けたと思った。武器も弾き飛ばされ腕や手も痺れた今、反撃を繰り出す手段など無い。

「うふふふ……さようなら、リュウ」

鞘から剣が解き放たれた。容赦無く青い線が無抵抗なリュウの全身を縦横無尽に切り刻む。

その速度、正確さは今まで繰り出したティリアスの剣速では最高の物だった。

-リュウ・アルカードダメージポイント100。戦闘不能。訓練を終了します-

無機質な声が響き渡り、リュウとティリアスの武器も雲の様に掻き消える。

戦闘が終了した証拠。

直後、リュウはその場に座り込む。

「あぁ……」

消えそうな声を口から漏らしティリアスはその場でしゃがみ込み、目の前で座り込んでいるリュウを見つめる。

真紅の瞳に殺意は無く、逆に瞳には悲しみと後悔が映っている。

先ほどまで喜々としてリュウを嬲っていた少女の姿はそこに無かった。

「痛っ、やっぱりティリアスは強いな……」

しゃがみ込んだティリアスを見ながら肩で呼吸をするリュウ。歯を食いしばり痛みに堪えている。

一瞬で全身を切り刻まれる攻撃を受けたに等しい、同年代の者ならばあまりの激痛に泣き叫びのた打ち回っても不思議ではない。

だが、リュウは今も全身を走り続ける猛烈な痛みを強靭な精神力で押さえ込んでいた。幼い頃より受けた訓練の賜物だろうか。

リュウの姿を見たティリアスの瞳から一筋の涙が零れ落ち、口からは謝罪の言葉が漏れる。

「ごめんなさい……リュウ……」

「馬鹿だな。こっちが頼んだんだぞ?謝るなよ」

痛みを堪えながらリュウは笑った。

「ちっ……」

戦闘が終わった二人を見てレナは舌打ちをした。

「レナさん?」

いきなり舌打ちをしたので、何かあったのだろうと思い隣にいる沙羅はレナに話しかける。

レナは沙羅の声を聞かず、近くに置いた鞄を手にするとそのまま一階に降りる階段へと歩く。

露骨に不機嫌さを表す歩く音。他に見学していた生徒達はそそくさと道を空けた。

突然の行動に驚きながらも、沙羅はレナの後に付いて行く。

「姉さんに話すか……」

歩きながらレナは誰にも聞こえない声で呟く。

その声は、隣を歩く沙羅にも聞こえてはいなかった。